かなりの人がネット上で話題にしている(facebook では2019/7でシェア 1200)記事にこんなのがある。実名ズバリだと何かと問題もおきそうな気もするので、ここでは「江崎_声」氏で。
tech.nikkeibp.co.jp
日本の縦割り行政の弊害はかなり知られていることだと思うが、その極にありそうなのが医療機器だ。その存在自体が、「医療」と「工学」と密接不可分に結びついており、当然、適切かつデリケートな行政的対応が求められる分野だ。具体的には記事タイトルの通り「経産省」と「厚労省」の協力があった方が望ましい分野だろう。
だから、江崎氏の主張も一見するともっともらしく聞こえる。
なのだが、ある程度この業界に通じている関係者からは、江崎氏はあまり評価されていない。というかはっきり言ってしまうと
「素人が関係者ズラしてんじゃねえよ。黙ってろ!」
という意見で一致している。
実際、こちらの記事には「ペテン師と受け止められても仕方が無い」とはっきりと書かれている。
江崎氏だけを個人攻撃してもしょうがないと思うので、ちょっと背景事情を書いてみたい。
まず、この手の記事は「本来ならば、複数省庁で連携されなければいけないことが、縦割り行政の弊害でできにくくなっている。だから、経産省が介入して・・・」という前提から出発するが、これは歴史的には間違っている。
結論から先に書くと「以前は、複数省庁で対応していた時期もあるが、結果が出なかったので原則 AMED で統一された。特に経産省(通産省)はかなり問題をおこしていたので真っ先にこの枠組みから外された」という方が正しいと思う。
まず、前提として経産省(単独)では巨大プロジェクトを任せられない、という雰囲気みたいなものがある。『第五世代コンピュータ』あたりで検索かけてもらうとその理由はわかると思う。公務員の無謬性とやらがあって「失敗はしていない」ということにはなっているのだが、このプロジェクトが成功したと考えている人はいないだろう。
その後も少額規模の医療IT関係に委託研究費・助成金の類は出していた。
ここら辺が微妙なところなのだが、この手の小規模プロジェクトだと完全な「やらかし」の頻度は減り、成果物の中にはそれなりに普及したものもある。
だが「経産省は絡んじゃダメ」が決定的になったのは、『どこでもMY病院』プロジェクトではないかと個人的には思っている。『どこでもMY病院』は一種のPHRで、プレゼン資料だけを見るとなんとも魅力的な印象を受ける。
行政的には黒歴史として葬りたい、「なかったことにしたい」という意図が働くのか、あまり系統だって資料を保管されていないようだが、それでもここやここあたりにその残骸を見ることはできる。
ご覧のようにこの時点でも厚労省と経産省は絡んでいる。
だが、このシステムは普及していると言えるだろうか?
あの時の予算は、関連企業の肥やしにしかならなかったのではないかと考える人も多い。
江崎氏あたりが主張しているような認識は「歴史的には間違えている」と書いたのは以上の理由による。
だから、産業界にいる者にとっては「日本の医療機器関係予算分配機関は AMED が軸、たまに JST 、経産省は論外」という認識ではないかと思う。
江崎氏が悪く言われる理由もそこからきている。ここら辺の背景事情をわかっている人や組織からしたら、「あなた方のやり方で過去何度も失敗してきたではないか? 戦略は変えてきたの?」という疑問が当然発生するが、正直言って過去の焼き直しなのだ。
省庁横断的に統一された国家戦略を持つ、という理念自体は間違っていないし、むしろ推奨されるべきものだと思うが、歴史的に見れば、経産省自体が真っ先に自滅したのだ。具体的には、実務家レベルで技術把握ができいなかったり、日本の医療や保険制度に関する理解が不十分で厚労省などから愛想をつかされたり、・・といったことだ。われわれが取り組んでいる領域は医学と工学に関する複雑かつ繊細なものだ。大味な理解をしていたのでは、役に立つことは何も提案できない。
だから、医療現場のことや、問題点、それらを解決しうるテクノロジーなどを再勉強して、魅惑的なプランを提示すればいいと思うのだが、現在までのところそれができていないようだ。
広報の一環なのかわからないのだが、講演などを積極的におこなっているようだが、医師主導の本格的な医療系学会や次世代の医療機器に関して世界中のステークホルダーが集まるようなミーティングには当然のことながらほとんど呼ばれていない。
厚労省もポストの名義だけは与えたようだが、実質的には登庁すら許していないようだ。この状況では、「経産省と厚労省、一方では扱いきれなかった課題に挑む」などできようがないではないか。
(いつになく真面目に語ってます)
tech.nikkeibp.co.jp
日本の縦割り行政の弊害はかなり知られていることだと思うが、その極にありそうなのが医療機器だ。その存在自体が、「医療」と「工学」と密接不可分に結びついており、当然、適切かつデリケートな行政的対応が求められる分野だ。具体的には記事タイトルの通り「経産省」と「厚労省」の協力があった方が望ましい分野だろう。
だから、江崎氏の主張も一見するともっともらしく聞こえる。
なのだが、ある程度この業界に通じている関係者からは、江崎氏はあまり評価されていない。というかはっきり言ってしまうと
「素人が関係者ズラしてんじゃねえよ。黙ってろ!」
という意見で一致している。
実際、こちらの記事には「ペテン師と受け止められても仕方が無い」とはっきりと書かれている。
江崎氏だけを個人攻撃してもしょうがないと思うので、ちょっと背景事情を書いてみたい。
まず、この手の記事は「本来ならば、複数省庁で連携されなければいけないことが、縦割り行政の弊害でできにくくなっている。だから、経産省が介入して・・・」という前提から出発するが、これは歴史的には間違っている。
結論から先に書くと「以前は、複数省庁で対応していた時期もあるが、結果が出なかったので原則 AMED で統一された。特に経産省(通産省)はかなり問題をおこしていたので真っ先にこの枠組みから外された」という方が正しいと思う。
まず、前提として経産省(単独)では巨大プロジェクトを任せられない、という雰囲気みたいなものがある。『第五世代コンピュータ』あたりで検索かけてもらうとその理由はわかると思う。公務員の無謬性とやらがあって「失敗はしていない」ということにはなっているのだが、このプロジェクトが成功したと考えている人はいないだろう。
その後も少額規模の医療IT関係に委託研究費・助成金の類は出していた。
ここら辺が微妙なところなのだが、この手の小規模プロジェクトだと完全な「やらかし」の頻度は減り、成果物の中にはそれなりに普及したものもある。
だが「経産省は絡んじゃダメ」が決定的になったのは、『どこでもMY病院』プロジェクトではないかと個人的には思っている。『どこでもMY病院』は一種のPHRで、プレゼン資料だけを見るとなんとも魅力的な印象を受ける。
行政的には黒歴史として葬りたい、「なかったことにしたい」という意図が働くのか、あまり系統だって資料を保管されていないようだが、それでもここやここあたりにその残骸を見ることはできる。
ご覧のようにこの時点でも厚労省と経産省は絡んでいる。
だが、このシステムは普及していると言えるだろうか?
あの時の予算は、関連企業の肥やしにしかならなかったのではないかと考える人も多い。
江崎氏あたりが主張しているような認識は「歴史的には間違えている」と書いたのは以上の理由による。
だから、産業界にいる者にとっては「日本の医療機器関係予算分配機関は AMED が軸、たまに JST 、経産省は論外」という認識ではないかと思う。
江崎氏が悪く言われる理由もそこからきている。ここら辺の背景事情をわかっている人や組織からしたら、「あなた方のやり方で過去何度も失敗してきたではないか? 戦略は変えてきたの?」という疑問が当然発生するが、正直言って過去の焼き直しなのだ。
省庁横断的に統一された国家戦略を持つ、という理念自体は間違っていないし、むしろ推奨されるべきものだと思うが、歴史的に見れば、経産省自体が真っ先に自滅したのだ。具体的には、実務家レベルで技術把握ができいなかったり、日本の医療や保険制度に関する理解が不十分で厚労省などから愛想をつかされたり、・・といったことだ。われわれが取り組んでいる領域は医学と工学に関する複雑かつ繊細なものだ。大味な理解をしていたのでは、役に立つことは何も提案できない。
だから、医療現場のことや、問題点、それらを解決しうるテクノロジーなどを再勉強して、魅惑的なプランを提示すればいいと思うのだが、現在までのところそれができていないようだ。
広報の一環なのかわからないのだが、講演などを積極的におこなっているようだが、医師主導の本格的な医療系学会や次世代の医療機器に関して世界中のステークホルダーが集まるようなミーティングには当然のことながらほとんど呼ばれていない。
厚労省もポストの名義だけは与えたようだが、実質的には登庁すら許していないようだ。この状況では、「経産省と厚労省、一方では扱いきれなかった課題に挑む」などできようがないではないか。
BMI
(いつになく真面目に語ってます)
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